私、古森スミレには家族がいません。
両親は離婚し、養育者であった母は私が小学生のころに他界、一緒に住んでくれていた唯一の家族である祖母も大学2年のときに天国へ行きました。
祖母が資産家であったため、生活には困りませんでしたが、常に寂しさを抱えていました。
私を理解してくれる女友達はいましたが、いつか私が誰かを好きになって恋愛をし、将来結婚して家庭を築く、というイメージは全く湧きませんでした。
見た目で好きになってくれる人はいても、家族がいない私を認めてくれる人はいないだろうと、そう思っていました。
大学3年生になると、授業数も減り、空きの時間が増えました。
皆はカフェテリアで談笑していましたが、私は一人の時間が好きだったので、いつも決まったベンチに座って読書をしていました。
そのベンチは、大学ラグビー部専用グラウンドの目の前にあり、練習中は確かに大きな声も聞こえますが、なんだか人の気配に安心もしつつ、その時間を楽しんでいました。
初夏のある日、いつものように空き時間読書をしていると、急に知らない男の子に声を掛けられました。
格好から察するにラグビー部の子のようでした。
私がキョトンとしていると、彼が「僕、社会学部1年の各務です!」と突如自己紹介。
沈黙のあと、走ってグラウンドに戻っていきました。
それから、大学で会うと会釈をしてくるようになり、空き時間に私のいるベンチにふとやってきては、自分のことを少しずつ話して去っていきました。
各務ナオ君という彼は、スポーツ推薦で大学に入り、寮生活をしていました。休みの日は、ドライブに行くことがあるそうで、出かけた先の話をよくしてくれました。
私は、ただいつも聞いているだけで、私から話しかけることは全くありませんでした。
ある日、友人から「スミレ、ナオ君と知り合いなの!?」と聞かれました。私は否定しましたが、どうやら彼が私に好意を寄せていることが、校内で噂になっているのだとか。
実はナオ君は有名な選手らしく、1年でスタートメンバーとして活躍していて、ファンも多く、とても人気なのだそう。
私は次の空き時間、いつものようにやってきたナオ君に、初めて自分から質問をしました。
「どうして私に?」と。
彼はあっけらかんと「僕の事好きになってほしいからですよ。」と笑顔で答えて去っていきました。
しばらくまたベンチで彼の話を聞く日々が続きましたが、私に好意を持たれても何も返せないと思い、「私はあなたを好きになる資格のない人間だよ。」と言いました。
彼は「それ誰が決めるんですか?」とハハッと軽く笑い、「いいんです。俺があなたを好きだから。」と爽やかに言ってまた練習に戻っていきました。
私は彼の愛嬌たっぷりのキャラクターや真っすぐな気持ち、ラグビーに真剣に向き合う姿に次第に引かれ、ベンチで二人で過ごす時間を楽しむようになっていましたが、私が彼の隣にいるのにふさわしくないことは、心のどこかに引っかかっていました。
冬になり、彼は遠征で県外に長期間滞在していました。
私は、電話なら伝えられると思い、遠征先の彼に電話で生い立ちを話し、将来有望なあなたに私はふさわしくないと告げました。
彼は、少し黙ってから「スミレさんの生い立ちはあなたのせいではないでしょう?少なくとも僕は、スミレさんのおかれた環境ではなく、あなた自身に惹かれているんです。それだけではいけませんか?」と言われました。
そして、実は彼もまた、自身の両親を知らず施設で育ち、家族がいないことを聞かされました。
あんなに明るく誰からも愛される人気者の彼の過去に驚いたと同時に、自身の夢にひたむきで、真っ直ぐな気持ちを伝えてくれる彼に強く心奪われました。
いつも私のところへ足を運んでくれていた彼に、私は初めて自分から会いに行きました。
遠征のバスから降りてきた彼を見つけ、名前を呼ぶと、彼はいつも通りの笑顔で「スミレさんから会いに来てくれた!うれしい!!なに!?どしたの!?」と喜んでくれました。(まるで犬のよう笑)
私は彼にドライブに連れて行って欲しいとお願いし、休日、初めてデートをしました。
ショッピングをして映画を見て、楽しい時間を過ごした後、彼が家まで送ってくれました。
別れ際、「私を好きと言ってくれてありがとう。受け止めてくれてありがとう。私もあなた自身を好きになったよ。」と言いました。
後日談ですが、私に声を掛けた理由は、❝本を読む横顔がキレイだったから❞とのことでした。
社会人になり、同棲し、ラグビーで活躍する彼を今も支えています。
written by non37
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