私は地方の田舎出身で、高校卒業とともに、大手企業の地方支社に就職しました。
田舎なので、昔からの風習で、4月の歓迎会は1泊2日の温泉旅行。
地元の高級温泉旅館に泊まりました。
大卒のキラキラした社員さんとは違い、丸ボブに化粧もせずメガネの野暮ったい私は、未成年で宴会でも酒も飲めず、なんだか溶け込めずにいました。
宴会後、空いている時間に最上階の大浴場に行き、湯上がりに休憩所でフリードリンクを選んでいると、ふと隣に大きな影を感じました。見上げると、5年先輩の藤代さんが立っていました。
藤代さんは都内の支社で成績を上げたため、地方に出向で来ている方でした。
背も高く体格も良く都会の雰囲気が眩しくて、ものすごく遠い存在の方だったので、私のことなんて知らないだろうと、「すみません」と小さく呟いてその場からいなくなろうとしました。すると、大きな手でそれを遮られ、「え、、、?」と思っていると、彼の背の向こうから他の男性社員たちの声が聞こえ、かなり酔っ払って盛り上がっているようでした。
彼らが「おーい!藤代もう入ったんかー?女の子たちいたー?笑笑」と藤代さんに絡んできたのですが、藤代さんはサッと私を隠すように立って、「こんな時間に女性たちいないですよ。まったくみんな酔いすぎです。」とあしらってくれました。
酔っ払いたちが不貞腐れながら大浴場に消えていくと、藤代さんはふうっとため息をついて私を見ました。ごめんね、と言わんばかりの困った笑顔がとても優しくて、初めてのドキドキを覚えました。
「若い女の子がこんな時間に危ないよ。」と言われ、女の子扱いされたことが嬉しくて恥ずかしくて、咄嗟に「私なんて、女に見られませんから。」と俯くと、大きな体を曲げて私を覗き込み、私の頭にポンと手を乗せて「そんなこと言うもんじゃないよ。ちゃんと女の子なんだから。」と言いました。もう心臓が止まりそうでしたが、彼がパッと手を離し、急に「あ!これはセクハラになるね!ごめん、ほんとに。俺も酔ってるね。」と言って、私を部屋のあるフロアまで送ってくれました。
その日はぽーっとしてなかなか眠れませんでしたが、彼への気持ちはすっかり恋でした。
その日から、私は好きな人に釣り合うようになりたいと、仕事も卑屈にならず周りと比べず頑張り、女性として自分磨きも始めました。髪を伸ばし化粧もするようになり、メガネも外しました。今まで着たこともないキレイなワンピースなんかも着るようになりました。すると、周りの社員の方の接し方も変わってきて、同性からも異性からも声をかけられるようになり、とても自分の世界が変わっていきました。
藤代さんとは、部署が違うので、たまにエレベーターで一緒になったり、私の部署にやってくる藤城さんを目で追うだけの日々でした。恋に関しては未だに臆病で、彼にだけは、どうしても自分から話しかけられずにいました。
「彼は素敵だし彼女もいるだろうな。」と思っていたし、東京支社に彼女がいるという噂もありました。
1年後、藤代さんは東京に戻るはずでしたが、他の社員が東京へ行くことになり、藤代さんの出向が延びました。
そして、また4月の旅行。
私はまだ未成年なので、酒も飲めず、酔っ払いのお世話の後に、昨年と同じように深夜の大浴場へ。
風呂上がり、同じ休憩所でガラスに映った自分を見て、「今の私なら、大丈夫かな。」と独り言。
すると、「なにが?」と背後から去年と同じ彼の声。
振り返ると、藤城さんが少しムッとした顔で立っていて、驚いて声が出ませんでした。
少しの沈黙のあと、私がまた「すみません」と去ろうとすると、藤代さんの大きな手が私の手首を掴み、「あのさ」と言われました。
「俺、去年言わなかった?女の子がこんな時間に危ないよって。」
「あ。ごめんなさい。」(怒ってる?)
「いや!違うんだ!君が他の人の世話してたり片付けたり一生懸命してたの知ってる!でも、こんな時間に1人でいたら、その、可愛いし、危ないし、俺が嫌だから…」
「え!?」(可愛い!?)
「あ!ごめん!またセクハラだ!俺、酔ってるな!」
お互いに気まずくなり、何を言っていいのかわからず、ものすごーく長い沈黙。
でも、私はこの人に見合うようになりたいって頑張ってきたんだ!素直になりたい!ダメでもいいから想いを伝えたい!
私は必死の覚悟で、顔を赤らめて仕事の時とは打って変わって珍しくモジモジしている彼の浴衣の裾を掴みました。
「藤代さん、すき。去年守ってくれた時から、ずっと。」
「え…だって、彼氏は?」
「か、彼氏!?そんな人いません!いるわけない!」
「いや、だって、どんどんキレイになって、みんな男ができたからだって噂してて…俺、そんなんだーって諦めて…」
「え…」(それってどういう…)
「私は!藤代さんに似合う女の人になりたくて!ただそれだけで…」(だめ、涙が溢れる…)
藤代さんは、すごく驚いた顔の後、いつもの優しい笑顔になって「ごめんね、俺、鈍いな。全然、気づかなかったよ。」と言って、大きな両手で私の頬を包み込み、親指で涙を拭ってくれました。
ああ、やっと報われた、彼と結ばれる、と思った瞬間、後ろから「藤代ー!?」と彼の同期たちがわらわらとやってきました。
2人ともビクッとして、咄嗟に休憩スペースのソファ裏にしゃがみ込み隠れました。
彼の腕に包まれて心臓の音が聞こえるようでした。
酔っ払いたちが諦めていなくなると、彼が腕から私を解放し、今までにない至近距離で見つめ合いました。
恥ずかしかったけど、1年頑張った自分を思うと目を逸らしたくありませんでした。
静かに私が目を閉じると、彼は「参ったなぁ。可愛すぎる。どうしてくれんの…」と言って、優しく触れるだけのキスをしてくれました。
後日談。
彼は私のそばに居るために、同期に東京行きを譲ったそうです。
数年後、私の仕事ぶりが認められ、高卒では異例の東京支社行きが決まり、彼と一緒に東京に移り、同棲を始めました。
written by non37
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