始業式早々。
遅刻ギリギリに追い込まれた私は、用意されたジャムも塗らずに、食パンを二口でほおばり
「行ってきみゃふっ!」
まだ口の中に入っているパンも飲み込まずに、リビングから離れる。
「あ、ちょっとー花乃(カノ)!サラダは!」
すると、キッチンからサラダを持って出てきたお母さんに呼び止められた。
でも答えている時間も惜しいほど、余裕のない私は
「いいっ、食べてる時間ないから!」
返事を早々に済ませる。
フローリングの床にハイソックスがつるりとすべりそうになりながら、慌ただしく玄関へと向かう。
ローファーの踵を雑に立てて、勢いよく玄関のドアを開ければ。
雲ひとつない青い空が広がり、おだやかな春風に前髪がふわりと揺れた。
「よし」
自分に言い聞かせるようにつぶやくと、肩にかけたスクールバッグの紐を強く握りしめて、足を前に大きく踏み出す。
上り坂もとびこえるように地面を駆けて、自転車や散歩する人の横も、桜のトンネルも、どんどん通りこしていく。
──しかし、
あともう少しってとこまで来たところで、足をぴたりと止める。
いや、正しくいえば。
強制的に止めさせられたのだ。
工事中との文字とヘルメットを被る男性がおじぎする、目の前の看板に。
「うっそー……、とことんツイてない」
でもどうしよう。
ほかの道から向かっても、かなり遠回りすることになる。
もうこれは遅刻するしかない。
──そう、諦めかけた時だった。
「乗ってく?」
通過しようとしていた自転車が私のとこで止まり、同じ制服の男子に声をかけられた。
「え、でも……、二人乗りは校則的にちょっと……」
「ふ、マジメ。でも遅刻する方が、もーっとフマジメだと俺は思うけどね」
「……!」
たしかに、彼の言うとおりだ、
と顔を上げると。
口元をゆるめる彼と目が合う。
「ふふ、いいよ。君が決めて。どーする?乗ってく?」
二人乗りに関してはあんまり気が進まない。
けど、遅刻するのもちょっと……。
「……の、乗らせてください!」
「ふ、はいよ」
ドキドキしながら彼の後ろに乗る。
「一応気をつけるけど、スピード出すからしっかり掴まっててね」
「はい……っ」
ひかえめに彼の腰に手を回すけど、
「ふふ。それじゃあ吹き飛ばされるから、こう、ね」
「っっ、」
彼の手によって、強く掴まり直されてしまった。
「じゃ、今度こそ行っくよー」
彼の背中から伝わるあたたかな体温と、制服から香るシトラスに、また鼓動がいっそう加速するような気がした。
……今って春、だよね。
そう疑ってしまいたくなるほど、彼といるせいなのか、真夏のように頬がほてっている。
ドキドキ、私の心臓おさまれ……。
それにしても、こんなイケメン男子いたかな。
驚くほどに美形な顔立ちをしている。
同じ制服を着ているってことは、
同じ学校の人──だよね。
見たことないけど、先輩かな。
同じ方向から来たってことは、あのあたりに住んでるのかな。
そんなことをぐるぐる考えているうちに、いつの間にか自転車のタイヤは止まり、気づけば校門の近く辺りだった。
「はい、着いたよ」
「あ、ありがとうございました!」
自転車から降りて、頭をぺこりと下げる。
「ふふ、いいって。どうせ同じ道なんだし」
「いやでも!本当に助かりました!」
いくら道が同じだとはいえ、紳士でなければなかなかこんな風に乗せてくれたりは、普通しないだろう。
「ならよかった、役に立てて。俺はこのあと自転車置き場に一旦寄らなきゃだけど、教室まで行ける?」
「はい!大丈夫です、そこまでは」
やっぱり優しい人だなと、ほほ笑みながら言うと。
「そっか」
つられるように彼も目を細めた。
「あ、時間。そろそろ大丈夫?あと3分でチャイム鳴るけど」
「あぁーっ!忘れてたぁっ!?」
たぶんこうなのも、おだやかな彼との空間が居心地よかったからだ。
「ふふ、じゃあもう行きな。気をつけてね」
手をひらひらとふってくれる彼の背中を、もう少し眺めてたい。
そんな気持ちにもなったけれど。
チャイムが迫っているため、私もくるりと背を向けて、昇降口へと走るのだった──……
written by :*✿ひめりぃ✿*:
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