なんでそんなに優しいの

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「明音ちゃんって言うの?僕、和真。よろしくね!」
 中学校に入学し、テニス部に入学した明音。他の県から引っ越してきたため、なかなか馴染めない。小学生の頃からの仲良し同士で話す同級生を横目に1人で立っているところに声をかけてくれたのが、和真だった。
「うん。こちらこそ、よろしくね」
 もともと人見知りをしてしまうせいで、上手く話せない。そんな明音にも、和真はよく話しかけてくれた。そのお陰で、和真と同じ小学校出身の女子とも友達になれた。和真は、とにかく優しいという印象だった。他の同級生の男子に比べて雰囲気が柔らかく、そのせいか女子の友達も多いように思われた。

「明音って高校どこ考えてるの?」
「私?西高だよ。和真は?」
「え!僕も西高!一緒に西高受かれるといいね!」
「うん!」
 3年生になり、進路についての会話が目立つようになった頃、和真と志望校が同じであることが判明した。西高は明音達の学区からは少々遠く、毎年進学する人は多くなかった。
「今年西高僕達しかいなさそうだから受験一緒に行こうよ!」
「うん!いいよ」
 この頃から、なんとなく和真のことを意識するようになっていた。だけど、恋などしたことない明音にとって、ここから和真との関係を進展させることなど考えられず、ずっと友達のままでいようとすら思っていた。
 話しかけてもらうだけで、笑いかけてもらうだけで、それだけで幸せだった。

 晴れて2人とも西高に合格し、新生活が始まった。クラスは別々だったし、明音はテニスを続けるが、和真は軽音部に入るらしかった。だけど和真とは変わらず友達だった。大会の前日には、応援のLINEもくれたし、結果を報告したら労ってくれた。
「明音!明日頑張って!!応援してる!!」
「大会お疲れ様!明音はよく頑張ったよ!今日はゆっくり休んでね〜」

 スマホを開いているところを友人に覗かれ、この文を見られてしまったことがあった。
「え!明音ちゃん彼氏いたの?」
「違うよ、友達!」
「いやいや、めっちゃ優しいじゃん!絶対この人明音のこと好きだよ!」
「そんなんじゃないって」

 謙遜とか照れ隠しとかでなく、本当にそんな事ないだろうと思っていた。だって、彼は誰にだって優しいし、仲の良い女子が沢山いる。先日、彼のクラスの女子が運んでいた資料を代わりに持ってあげる姿を見た。別の日には、女子数名と共に移動教室をしていた。きっと、誰にでもこのような優しい文章を送ることが出来るのだろう。

 そのまま高校2年生になった。和真との関係は進展するどころか、後退しているような気さえした。挨拶をしようとしたのにあからさまに顔を逸らされたり、LINEの返信があまりにも素っ気なかったり。そのくせとても高いテンションで話しかけてきたり、一緒に帰ろうと誘ってきたり。もう彼の考えていることが分からなかった。
 軽音部のライブに足を運ぶと、たくさんの女子から「和真くーん!!」と声援を浴びていた。彼が女子といるところを見かけることも多くなり、遂には下校中に女子と2人でいる所も目撃した。だけど付き合っているというわけではなさそうで、また別の日には別の女子と下校していた。

 彼は優しいんじゃなくて単にチャラいだけなのだろうか。実際、和真と同じクラスの友人に彼のことを聞いてみると、「女慣れしてる」とか「女好き」とか彼を侮辱するような言葉も聞こえてきた。自分から尋ねておいて、彼が批判されるとなんとなく嫌な気分になって。なんで和真を好きになったんだろう、と思うこともあった。だけど、和真の笑顔や優しい言動は明音の心を掴んで離さなかった。

 意地の悪い言い方をすれば、彼の気持ちを探りたくて、2年生のバレンタインにはチョコレートを用意した。手作りは流石に気が引けたので、百貨店で手のひらに収まるようなサイズ感のチョコレートを購入した。下校時間を狙って声をかけてみると、案外すんなり一緒に帰る流れが出来ていた。
「あ、そうだこれ、チョコ。良かったら食べてよ」
「ええ!いいの?!ありがとう!嬉しい!」
「でも和真だからたくさんチョコ貰ったんじゃないの?」
「貰ってないよ?渡してくる人もいなかったし」
「ふぅん」
「普通に仲良くない人から貰っても返すの面倒だし」
「そんな…可哀想だよ」
「ああ、別に明音にはそんな事思ってないよ?ホワイトデー楽しみにしてて」

 その言葉通り、ホワイトデーには美味しそうなチョコレートをくれた。だけど彼はあまりにもいつも通りで、そこに恋愛が絡むとは思えなかった。

 やっぱり私のことは数多い女の子の友達のうちの1人なのかな。

 自分に自信がなく、勇気も出ない明音はそのまま3年生になり、受験勉強に明け暮れる日々だった。その後明音は推薦で国立大学に合格し、受験勉強に終止符を打った。残りの高校生活の短さを実感すると、自然と浮かんだのは和真のことだった。彼も同じく推薦で他の国立大学を受験していたが惜しくも不合格となり、一般受験に向けてラストスパートをかけていた所だった。
 卒業式、告白してみてもいいのかな。そんなことを思ったりもしたが、卒業式ではまだ彼の進路先は決定していない。そんな配慮とも言い訳とも取れる思考が、明音の決心を揺らす。
 うだうだと悩んだまま、卒業式の日を迎えた。とりあえず、挨拶だけでもちゃんとしよう。そう思っていたが、あろうことか明音のクラスだけホームルームが異常に長く、ホームルームが終わる頃には彼は既に帰っていた。担任を憎みながら学校中を走り回ったが、案の定彼はいなかった。

 このまま和真に会えないの?それを実感した途端、後悔が込み上げてきた。せめて、挨拶だけでもしたい。

 LINEを送った。
「6年間ありがとう。和真のおかげで楽しかったよ。これからも仲良くしてくれたら嬉しいです。お互い頑張ろうね!」
 次の日の朝に返信が来た。
「こちらこそありがとう!明音はいつも真面目に頑張ってて凄いなぁって思ってたよ!これからも自信もって頑張ってね!」

 ·····なんで、なんでこんなに優しいの?こんなに優しい文章が返ってくるとは思っていなかったし、なんならスタンプ1個で終わることすら覚悟していたのに。むしろ、スタンプ1個で終わってくれたら、諦めることもできたのに。

 上手い返信が思いつかず、お礼だけで終わってしまった。何か続けねば、と思ったが、まだ国立の前期試験の結果が出ず、後期試験を見据えた勉強をしているのだろうと思うと何も送れなかった。

 それから数日が経った。

「明音!僕、○○大学受かったよ!」

 それは以前から彼が口にしていた国立大学だった。明音も和真も地元を離れることになる。しかも、逆方向に。ますます会えなくなる。彼の努力が報われて嬉しい気持ちと、離れるのが寂しい気持ち。意気地無しな自分に腹が立つ。

「そっか!!おめでとう!!和真が今までずっと頑張ってたのが報われて良かった!」

 せめて卒業式の日のLINEのお返しになればと、少しだけ素直に文章を書いた。素直になることが苦手だったのだと今更ながら実感され、恥ずかしくなった。

「ありがとう!ねぇ、春休み中、会えない?」

 願ってもいなかった展開に、直ぐに返信をしてしまった。

「うん!良いよ!」
「明日、 駅前午後3時、どう?」
「了解!」

 翌日は覚えたてのメイクをして家を出た。

「明音!こっちこっち!」
 駅の近くの公園。小学生すら来ないような古い田舎の公園。急に彼は改まってこちらを向いた。

「僕さ、明音のこと好きなんだよね。遠距離になるけど、付き合ってくれませんか?」
 真っ直ぐにこちらを見つめる瞳。
「·····私も、和真のこと好きです」

written by あざみ

エピソード投稿者

あざみ

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