「入学おめでとうございます。一年生教室は、ここを真っ直ぐ行って左に曲がったところです」
優しくて透き通った声に誘われて顔を上げると、その瞬間、時間の進み方が変わったように見えた。
桜の花びらを乗せて入ってくる春風に優しく揺れるのは、黒くてまっすぐな長い髪。
風で流れた前髪とメガネの向こうに見えるたれ目は、彼女が優しい人柄であることを十分に物語っている。
そして女子にしては身長が高い彼女は、すらっとしていてまるでモデルのようだ。
彼女の髪を耳にかける仕草が綺麗で思わず見とれていると、目が合ってしまった。
俺は目が合ったことで慌ててしまったが、彼女はふわっとした微笑みをくれた。
俺は緊張して、春風に乗って来たようなその笑みに何も返せずにふっと目を逸らしてしまった。
下を向いたまま目の前を通り過ぎても、まぶたの裏には先輩と思われるあの人が焼き付いて離れてはくれなかった。
一瞬にして俺のすべてを奪われて行ってしまうことを、なんて言うんだっけ。
俺は初めての感覚と共に胸に刻まれたあの人の笑顔が、いつまでも忘れられなかった。
written by 日向 葵
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