なんて綺麗だろう、と俺は目を細めて黄色い楕円が浮かぶ青い空間を暫く眺め続けた。
白い雲とは無縁なそこはまるで此処から飛び立つ俺達を祝福しているようだった。
春は花粉が、と疎まれがちな季節だが花粉を飛ばそうが植物は無くてはならない存在であることに違いはない。花が美しく咲き誇っている。それを見ることは実に有意義な時間の過ごし方だ。
「田山」
僕を呼んだ相手は顔を見ずとも分かった。
男からは有り得ない女性独特の高い声に振り向き、目が合うと笑いかけ、視線はまた花に戻す。
彼女もつられたのか俺同様に見上げていた。
桜の木は蕾をつけ、梅の木はちらちらと緑の葉が目立つ。
中途半端と言ってしまえばそれで終わりだが、俺は桜の花が満開になるまでの過程を見るのが好きだ。
親心のような情が沸く。
隣を盗み見ると、彼女はこっちをじ、と見ていた。いつからか、それは分からない。
「綺麗だろ?」
「空が?」
俺が黙ると彼女も黙る。特別にその沈黙が不快だとは思わないが、些かこの旅立ちの時には似つかわしくない光景かもしれない。
周りに耳を澄ませば話し声が絶えず聞こえる。今日この日には積もる話もたくさんあるのだろう。
少なくとも俺は、ある。
「遼香、行こうか」
「……どこに?」
「俺を呼びに来たんだろ?それなら一つしかないじゃないか」
俺達がいつも一緒にいた仲間のもとにしか。
これは口に出しはしなかったが、彼女は察したのか嬉しそうに笑うと頷いて俺が歩き出した後をついてくる。
一歩退いて歩いているのが何だかもどかしい。しかしそれもこの地で感じるのは今日までだと思うと、それすらも愉快に思えてしまう。
確かめたくなるのは人間の性か、俺の性か。
予期せず足を止めると、ザッとつっかえるような砂埃が舞う音が聞こえた。
「ねえ、遼香」
まだ振り向きはしない。
「この距離、縮めたいと思わない?」
ザザッとまた砂埃が舞う音。彼女の声は聞こえない。
けれど俺には音だけで十分だった。振り返ればきっと彼女は俺を直視しないだろう。
狼狽えている顔が実によく目に浮かぶ。
まだ前を向いたまま続けた。
「俺はもっと近寄ってもいいと思うんだけど」
ようやく後ろを見れば真っ赤に火照った顔を隠すように下を向く彼女の姿。
その姿に嬉しく、口元が綻ぶのを感じた。
そしてそっと彼女に近づき、手を取る。
「た、田山……?」
「早く行くよ」
離してなんて言わせない。そう目で申せば大人しく後ろに続いた。
周りの視線なんて俺は気にやしないんだけど、チラチラと周りを気にする遼香がいる。
その方が余計に怪しいよ、と小声で言ってみればどうしようもなくなったのか俯いてしまった。
髪から少しはみ出す耳が赤いから、恥ずかしい方が正解かもしれない。
繋いだ手を引き寄せればわたわたと慌てる彼女。
予想通りの反応に笑うと、怒ったのか俺が握っている手とは反対の手で俺の背中を小突いた。
「遼香」
「なに……?」
「好きだよ」
真っ赤になって立ち止まった彼女が可愛くて、俺はもう一度言った。
「好きだよ、俺の可愛い遼香」
written by よう子
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