あの時に価値をくれた人

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これは僕が塾講師のアルバイトをしたときのお話です。3部構成です。1部は僕の生い立ち、2部は彼女との出会い、3部は再会です。少し長くなりますが宜しければお付き合いください。

僕の育った家庭は少し変わっていました。祖父が会社の創業者であったため、祖母が母にかけるプレッシャーは他の家のそれとは違っていました。そんな状況に耐えられず母と父は口論、離婚はしませんでしたが父は家を出て祖父母の家で暮らす、そんな家庭環境でした。もっと認めてもらいたい、誉められたい、でもお父さんはいない、寂しかったのを覚えています。しかしそんな気持ちとは裏腹に僕へのプレッシャーは大きいものでした。勉強も運動もできて当たり前。そんな環境がイヤで中学受験をし、少し離れた中高一貫の進学校に進みました。しかし、中学2年生のある日、頑張る意味を無くしてしまいました。何か明白な理由があった訳ではありません。生きることに疲れてしまったのです。勉強も運動も、そつなくこなしていれば何も言わなかった父と祖母。しかしそうでなくなるとすごい勢いで否定し始めたのです。特に責められたのは母でした。「お前の育て方が悪い」「何をしたらあぁなるんだ」明らかに母の様子がわかっていくのがわかりました。そんな中、家族で話し合いが行われました。僕は泣きました。寂しいから家に帰って来てほしいと。父は承諾し家に帰ってきましたが、3日も経たず祖母のいる家に戻り帰ることはありませんでした。
その日から僕は「今日が楽しければそれでいい」人生を歩み始めました。高校を卒業し、大学を中退、いろいろな事を学べる仕事が楽しいと感じアルバイトを点々としていました。その先に行き着いたのが個別指導の塾講師です。始めはこれならできるかな、と軽い気持ちで始めたのですが、人と話すこと、伝える事が好きでどのような子に対しても分かる説明をできるように工夫していました。塾が開校した当初から居たことと、毎授業ごとに親御さんへの挨拶と指導方針を明確に話していた事もあり、自分で言うのもですが、一年も経てば人気講師になっていました。一年目の教室長も人気のある方で教室の2大看板になっていましたが、独立するために退社されたため、新しい教室長がいらっしゃいました。
2年目でした、本当に辛かったのは。親御さんからのクレーム、塾への期待、増える生徒さんを教えるために休みの日まで授業をこなし、文字通り教室長よりも働いていました。楽しかった仕事も「どうしてアルバイトなのに」「どうしたらもっと良くなるのか」不満とプレッシャーに押し潰されそうになりながら仕事をしていました。

そんな日々を過ごしていたある日のことでした。授業間の10分の間に親御さんへの挨拶へ教室のある2階から1階へ降りると見なれない女子高生が教室長と話していました。基本小学生と中学生がメインの塾なので高校生が居ることが珍しく、「誰?」と思い教室長に聞くと他の教室の卒業生で教室長がもともと居た教室の生徒さんだったとの事。当時はまだ僕のいた教室がなかったため、他の教室に通っていたのですが、家からすぐ近くに系列の教室ができ、教室長が顔馴染みになったので来てみた、とのこと。彼女の印象は、誰にでも話を合わせられて、よく笑う、しかしどこか影を感じるような笑い方をする、そんなイメージでした。
たまたまその日、生徒さんが休んだので授業に空きができた僕は彼女と話しました。たわいもない話でした、でも楽しかった、そんな記憶があります。その後も彼女は毎週きまって金曜日に現れました。土日はお休みの教室でしたので、週のおわり、恋愛の感情はありませんでしたが彼女と話すことは僕の楽しみになっていました。僕がいう冗談話を笑って聞いてくれて、どんな話も嫌な顔をせず聞いてくれました。
ある週の金曜日、後輩と話していた彼女の顔に陰りを感じました。職業柄、人の変化には気がつくようにしていましたが、くまができている、笑えてない、など明確な変化ではなく、違和感を感じました。「どうかした?元気なくない?」そう聞くと「なんでもないですよー?」と答えました。そんな会話の中にも感じる違和感と陰り。あまり自分の話をしない彼女でしたが、ストレスを自分のなかに溜め込むタイプだと思いました。その日から、また溜め込んでいないか、心配する気持ちが芽生えました。
精神的な理由から教室長は退社し、また後任の教室長が来ました。彼女は前の教室長がいたから来たのであって来なくなるだろうなと少し残念に思っていました。しかしその後も「テスト勉強したくて!」「後輩に来て下さいって呼ばれまして、」「暇だから~」「部活でクッキー焼いたんで先生達で食べてください。」なんて言いながら毎週くる彼女。教室長が変わってもかかる負担にストレスが減らない僕は彼女が来ていた理由も考える余裕はなく、ただ、金曜日が楽しみでした。
季節は秋になり、突然、彼女は来なくなりました。その頃の僕は負担が増える一方、理由なく給料が減らされストレスのピークに達していました。彼女は忙しいのかな、また溜め込みすぎてないといいけど、などと考えてはいましたが自分に余裕がなくなっていくそんな毎日でした。
そして2月、限界に達してしまった僕は仕事に行けなくなりました。何をしても最後には頑張れなくなる、そんな自分がイヤになりました。また働いても同じ結果になる、逃げたしなくなる、もう働けないんじゃないか。僕の周りは勉強や運動ができて、期待通りに動いてくれる、そんな自分しか求めていないのだと思いました。生徒達をおいてきてしまった、皆には恨まれている、そんな塾の幻影に囚われながらの日々をしばらく過ごしました。

塾を辞めて5ヵ月が経った6月の事です。あの日は最近みつけたお気に入りのお店に食べに出かけました。お刺身が美味しく、冷蔵庫で冷やした醤油ビンを出すお店でした。しかし、その日は醤油がついていません。おかしいなと思った僕はお店の若い女の子に声をかけました。「お醤油がついてないんですが、、」
「あっ!!」その時、この反応は、、と頭をよぎりました。お醤油を持ってくるその子に声をかけました。「○○さん?」今思えば、塾に対して後ろめたい気持ちがある僕がどうして声を掛けられたのか。きっと、彼女と話した記憶はあの時の僕の支えになっていたからだと思います。
「え?あ、はい。○○ですけど、、」彼女はたじろぎながらそう答えました。
僕「誰かわからない?」
彼女「え?あ、!△△先生!?」
僕「そう!気がつかなかった?笑」
彼女「うん、わかんなかった。」
僕「まぁ、塾だとコンタクトだったしね。眼鏡じゃわかんないか。」
そんなやり取りをしました。あの時みたいに笑いながら、、。すると彼女は突然真面目な顔になりこう続けました。
「あの、あの時はいろいろありがとう。」
僕は驚きました。後ろめたい気持ちはありましたが、感謝されるなんて思ってもみませんでした。本当に、驚きました。
僕「え?何?そんな感謝されることしてないよ。なんかしたっけ?」
彼女「ううん。楽しかったから。ずっとお礼が言いたかった。」
その後、なんて返したか覚えていません。嬉しかった。あの時の僕に、そう言ってくれる人が、価値をくれる人がいると思わなかったから。彼女とあの時みたいに、もう一度話したい、そう思いました。普段は絶対言わないセリフ、こんな事言うことは後にも先にもこの一回だと思います。「連絡先、誰かから聞いてしてもいい?」会計の時にそう言いました。少しの間、止まった彼女。「うん、探せるならいいよ~。」そう笑って答えました。「じゃあ見つけてみるわ。」そう言って僕はお店から出ました。
その後、なんとか彼女の連絡先を見つけた僕と見つけられた彼女が恋仲になるのはまた別のお話です。

written by サス

エピソード投稿者

サス

男性 投稿エピ 1

自分の想いを形に残せたらと思い、はじめました。 長文、拙い文章ですが読んでくださった方が少しでも幸せになって頂けましたら幸いです。